極秘、球拾いの訓練を行う
6月のこと。
4月に実家にもらわれてきた雑種の黒い子。彼女の名前はクマ。名前というよりあだ名に限りなく近い。私はそのあだ名にあだ名をかぶせてクーちゃんと呼ぶことにした。
彼女はとにかくダッシュしたい。雑草の生い茂る中にほふく前進で分け入って行きたい。砂土にまみれて寝転がりたい。
クローバー畑に行くと嬉々として右往左往と猛ダッシュを繰り返す。引きずり回す。私を。ぶつかってくる。私に、電柱に。巻き付く。電柱に。
友人のワンコと行ったドッグランを思い出す。クーちゃんがあそこで思いっきり猛ダッシュしている場面を想像する。玉を投げたらダッシュで拾ってこちらに帰って来る。
しかしあそこにやって来ているワンコといったら皆よく躾けられて、飼い主の言うことをちゃんと聞けるワンコばかりだ。「寝ろ」と言われたら寝るぐらい。
そもそもクーちゃんは放したらもちろん猛ダッシュすると思うが、果たして帰って来るのだろうか。飼い主ではない叔母さんに当たるような私の顔を認識できているのだろうか‥‥
「バカにすんじゃないわよ」という目でこちらを見るクーちゃん。
ある日曜日に、クーちゃんをドッグランに連れて行く野望に備えて、玉を放って取りに行かせてまた戻って来るという訓練を行った。球拾いの訓練と言っても、この猛ダッシュに飢えた娘をその辺で放すわけにはいかないので、クーちゃんと私はセットだ。夫が玉を遠くに投げる。クーちゃんと私は猛ダッシュで玉を取りに行く。夫がクーちゃんを呼ぶ。クーちゃんと私は猛ダッシュで戻る。何故だかヘラヘラしてくる。
行きは二人とも目指すところが同じなのだが、帰りはクーちゃんは玉をあまり返したくないと見えて、こころなしか違う方向へ行こうとしている。私とクーちゃんの闘いでもあった。
しかしこの訓練は誰にも見られてはならないと思った。