松川の風呂 のび太
住居の離れに設置されていたこの松川の風呂。木が縮んでいることによる水漏れは、しばらく根気よく水を張っていれば解決したかもしれなかったが、この無防備な風呂を使用することによってこれから起こりうる幾つもの事件を想像していたら、この風呂になんとかして入ってやろうという根性はわき起こってこないのであった。そして私は銭湯ライフの道を選んだ。だからこの風呂には結局一度も入らなかった。それが今思えば若かったなぁと思う。心残りだ。
そうだのび太。のび太のことだった。当時私はそれまでずっと長かった髪をバッサリ切ってベリーショートにしたのであった。イメージとしては『勝手にしやがれ』のジーン・セバーグのような小じゃれたものを想定して思い切ったのだったが、やってみたらどうも違う。あれじゃない‥‥。想定外だった原因として、完全に服装がいけなかった。チビTにサブリナパンツではなかった。ラガーシャツにストレートジーンズ‥‥。決定的なのはメガネであった。ラガーシャツにメガネの短髪でジーン・セバーグとは大きく出たものだ。小学男児や普段着の中坊に間違えられたとしてもいたしかたない。当然のことながら周囲にはそのような小じゃれたイメージには受け取ってもらえず、メガネをかけていれば「のび太」。メガネを頭に置いていれば(ど根性ガエルの)「ヒロシ」と呼びかけられていたものだ。そんな感じだ。
そうしてこの小品「松川の風呂」は創られた。よく覚えていないが四・五枚刷って友人などに送りつけたと思う。もちろんドラエモンにも。その中の一枚がこの一枚で、両親に送ったものなのである。両親は一応わからないなりにも娘を尊重してくれ、13年経った今でもこの作品を電話台の前の壁に大事に貼ってくれている。空白には子供たちやおじさんおばさん、お寺などの電話番号が、サインペン、ボールペン、鉛筆などその時とっさに手にしたであろう思い思いの筆で書き記されているのである。ありがとう。ポップアートみたいだよね。